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ディーラー車
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メーカー
ミッション
マニュアル
グレード
ディーラー車
ボディタイプ
外装色
スクロウブルーメタリック
年式
1999 年型
走行距離
11.500km
乗車定員
2 名
サイズ
長 429 cm 幅 203 cm 高 111 cm
エンジン形式
排気量
5700 cc
馬力
530
トルク
58.0
車検
令和8年11月
ハンドル
左
駆動区分
輸入区分
ディーラー
内装色
ホワイト
燃料区分
ガソリン
幌色

︎ランボルギーニの名前を世に知らしめ、17年間の長きにわたり生産され続けた「カウンタック」。その後継車として1990年1月21日にモンテカルロのオテル・ド・パリで開催された第2回ランボルギーニ・デイの席上で発表されたモデルが「ディアブロ」だった。車名の「ディアブロ」とはスペイン語で”悪魔“を意味するワードとなるが、1869年に闘牛士ホセ・デ・ララと何時間も闘い抜いた実在する伝説の闘牛の名前でもある。それは闘牛のブリーダーとして名を馳せたエドアルド・ミウラから、その名前を車名として用いたランボルギーニ初のミドシップモデル「ミウラ」との関係性をも感じさせるネーミングとなる。創業者フェルッチオ・ランボルギーニが4月28日生まれの牡牛座という事からエンブレムに雄牛を使うランボルギーニでは、生産車に「イスレロ」「ウラッコ」や、今世紀に入ってからも「ガヤルド」「アヴェンタドール」「レヴエルト」など、実在した闘牛やそのブリーダーの名前を採用している例も存在する。「ディアブロ」は、パオロ・スタンツァーニの設計による、前モデル「カウンタック」と同様の独創的なパワートレインレイアウトを踏襲しながらも、大幅な改良と進化を加えたモデルとなっている。この開発を指揮したのは「カウンタック・エヴォルツィオーネ」の開発はじめ、複合素材による技術の基礎を築いた技術チーフのジュリオ・アルフィエーリの後釜として招聘された、1945年生まれのルイジ・マルミローリだった。フィオラーノ・サーキットの近くに生まれたマルミローリは、フェラーリのオイルの香りとエキゾーストサウンドを聴いて育ち、フェラーリに入社してF1マシンの開発に携わり、1983年にカルロ・キティ率いるアウトデルタに移籍、アルファロメオ・F1チームのチーフエンジニアも経験している。マルミローリは「ディアブロ」の開発や設計を行うにあたりCAD/CANを用いていたが、それは常にオンラインでランボルギーニ社のコンピューターと、1987年にランボルギーニを傘下におさめた、米国クライスラーのミシガン州ハイランドパークに設置されたスーパーコンピューターの双方をつないでの作業となった。このモデルチェンジに於いての最大の難関はボディデザインで、余りにも衝撃的なボディをもっていた「カウンタック」の後継車というところがポイントとなる。そのデザインは、密かにジョルジェット・ジュジャーロにも依頼されていたが「カウンタック」の代名詞でもある、シザース・ドアを継承した新たなデザインを描いたのは、カロッツェリア・ベルトーネ時代に「カウンタック」をデザインしたマルチェロ・ガンディーニ本人だった。しかしランボルギーニの親会社となったクライスラー・トップのリー・アイアコッカにより、ガンディーニによるオリジナルデザインはそのまま使われる事は叶わなかった。アイアコッカ率いるクライスラーのデザインセンターには、300人を越える人々が働き、その中でもデトロイトのカースタイリング界で、当時、勢いのあったトム・ゲイル(ダッジ・バイパーのデザインや、後のプリマス・プラウラーのデザインを担当)に、アイアコッカはガンディーニによるオリジナル・デザインの改善案を依頼していた。なかなか進まないデザイン案の硬直状態を打破する為に、マルミローリはクライスラー案とガンディーニ案をボディの左右それぞれに振り分けた一台のモックアップを作製し、このモックアップをトスカーナにあるアイアコッカの、広大な別荘の庭に秘密裏に運び込みプレゼンを行った。この方法に感心したアイアコッカはマルミローリが推すガンディーニ案のプロポーションをベースとしボディにはガンディーニによるデザインである事を示す「disegno Marcello Gandini」のプレートが貼られる事となった。オリジナル案ではルーフからなだらかにテールへとグラス製のエンジンフードが用いられたファストバックスタイルとされていたが、エンジンの熱気を抜くためにクライスラーはトンネルバックスタイルに改め、フラットなエンジンフードにはエアアウトレットが設けられていた。前作と同様にヴァカーリ社製となる角断面鋼管を採用した「ディアブロ」のシャーシフレームは、生産性の向上を考慮し「カウンタック」ほど複雑な造形を使わないで、これにセンターセクションには高張力鋼管を加え、カーボンファイバー製のセンタートンネルとスチール製のルーフで補強を施す事で、これまで以上の剛性を確保している。フェンダー、ドアはアルミ合金パネルが用いられ、フロント及びエンジンフード、ロッカーパネル、バンパー、スポイラーはAuto Claveとよばれるランボルギーニ社製の軽量な新素材が採用されている。クライスラー傘下となった事で実車を使った風洞テストが行われ、Cd値0.31という優れた空力性能と高い強度が与えられている。ランニングプロト・モデルが完成すると、走行テストは「ミウラ」や「カウンタック」の開発にも携わった伝説のテストドライバーとなるボブ・ウォレスの愛弟子バレンティーノ・バルボーニが担当、加えてWRC(世界ラリー選手権)の元チャンピオン・ドライバー、サンドロ・ムナーリもテストに参画している。「ディアブロ」に搭載されるエンジンは「カウンタック」の最終モデル「アニバーサリー」に搭載されていたV型12気筒DOHC48バルブの5.2ℓ/455馬力エンジンと同じ、95mmのボア間ピッチをもつ、ジオット・ビッザリーニが設計したエンジンをベースとする5707ccのL522型となる。オールアルミ製の水冷60°V型12気筒DOHC48バルブのこのエンジンは、ボア×ストローク87.0mm×80.0mmで、ニカシル処理された極薄のスチール製シリンダーライナーが採用され10.0の圧縮比と、L.I.E(Lamborghini Iniezione Electronica=ランボルギーニ製のオリジナル電子制御インジェクション)により、最高出力485馬力/7000rpmと最大トルク59.2kgm/5200rpmを発揮する。このエンジンには全て三元触媒装置が装備され全世界共通のスペックを与えられている。「カウンタック」と同様に、前後逆向きに縦置きのミドシップ方式で搭載されるエンジンの前方向、すなわちキャビン内に突き出すカタチで5MTギアボックスをレイアウトするパワートレインが継承されている。エンジンブロックの構造変更によりクランクシャフト直下を貫通していたギアボックスとリア・デフをつなぐドライブシャフトは、エンジン右サイドに出される事により、その分エンジン搭載位置が下げられている。クランクシャフトの中心位置は約100mm下げられ、更に「カウンタック」ではリアクォーターの高い位置にレイアウトされていたラジエーターを、リアタイヤ後方に移動する事で重心高を大幅に下げる事に成功している。フロント・リアともに足回りにはダブルウィシュボーン式で、リア・サスペンションには「カウンタック」と同様にコイル・スプリングとショックアブソーバーは左右それぞれ2本ずつ装備され、ブレーキにはATE製の4ポッドキャリパーが採用されている。「カウンタック」に比べ150mm延長されたホイールベースにより、ゆとりのあるキャビンスペースと防音装備が与えられ、クライスラーの潤沢な開発費用により時代に合わせたアップデートが図られている。完成した「ディアブロ」は、イタリアのナルドサーキットを使った最高速テストに於いて、サンドロ・ムナーリのドライブにより325km/hを記録。開発ターゲットとしていた「フェラーリF40」の324km/hを上回ることに成功。この瞬間、北イタリアのスーパーカー工房で長年働いてきた熟練職人と、アメリカの大企業クライスラーのエンジニアが手を取り合い、その誕生を祝って歓喜の声をあげた。それは、かつての「フェラーリ365BB」の最高速度302km/hに対して「カウンタック」が300km/hにとどまった時代のリベンジとも重なり、新たなランボルギーニ伝説が始まった瞬間でもある。創業者フェルッチオ・ランボルギーニが退いても、楔形のボディにシザースドアをもつ最速のスーパーカーを生産するランボルギーニ社の存在意義は、このモデルの登場によりしっかりと継承されている。発表された1990年の半ばまでは「カウンタック・アニバーサリー」の生産が継続されていた為、1990年後半から1991年モデルとして生産開始された「ディアブロ」は、再びランボルギーニの名前を表舞台へと引き上げるスマッシュヒットを記録する。しかし、1992年にアイアコッカがクライスラーを去ると再び「ランボルギーニ」が置かれた状況は安定感を欠くものとなってしまう。それでも発表時にアナウンスされていたビスカスカップリングを採用する4WDモデルの「ディアブロVT=ビスカス・トラクション」を1993年3月にラインナップに加え、同じ年の9月のランボルギーニ・デイ3では、ランボルギーニ創立30周年を記念したハイパフォーマンスモデル「SE30」を発表する。この「ディアブロSE30」では、マグネシウム製マニホールドの採用やL.I.Eの見直し、専用のチタン製エキゾーストシステム等によりエンジンは525馬力まで強化されている。装備を削ってカーボンパーツを多用する事でボディに軽量化を施し、足回り及びブレーキの強化が図られ「ディアブロ」がもつパフォーマンスをアピールするモデルとして限定生産されている。1994年にクライスラーは、不況や販売不振によりランボルギーニをインドネシア資本のメガテックに売却。この状況下でもランボルギーニは「SE30」で得られた知見をフィードバックし、1995年のジュネーブショーで新たに開発したモデルをデビューさせる。それが「ディアブロSV」となる。この「SV」の称号は、ランボルギーニのアイデンティティを示したモデル「ミウラ」の最終モデルとして1971年3月のジュネーブショーで発表された「ミウラSV」に最初に使われたものとなる。世代を超えて継承された「SV」の「S」には「スポルト」や「スーパー」等、様々な解釈がされているが、モデルの進化を考慮すると「スピント=調整された、チューニングする」が相応しく、「V」は「ベローチェ=速い」を意味するイタリア語からなる。「ディアブロ」が最初に発表されてから経過した時間と「ミウラ」に使われた時の変遷を考えると、この「ディアブロSV」はシリーズの究極のモデルともいえる内容をもつ。そのボディワークは「SE30」で採用されたルーフ部にツインエアインテークを持つエンジンフードを装備し、フロントスポイラー形状やリアウィングも継承されている。シザース・ドアの後方下部に備わるエアインテークは二条のスリットが配置されていた「SE30」に対して、ベースモデルと同様となるがボディサイドに大きく「SV」のロゴがペイントされ、フロントに17インチ、リアに18インチの専用のOZ製3ピースホイール「ペガソ」を装備。インテリアでは「VT」登場時に小型化されたメーターナセルをもつダッシュボードと、身体にフィットする細身のバケットシート表皮に軽量なアルカンターラが使われている。タイヤプレッシャーモニターや可変ダンパー、遮音材が省かれ、オーディオの簡素化等により、車両重量は約70kgの軽量化が施されている。この軽量化と搭載されるエンジンを”500馬力以上“にパワーアップ、更にファイナルをローギアード化する事で加速重視のセッティングが施されている。簡素化された装備によりラインナップ中、価格設定を低くされたこのモデルは「ディアブロ」最大のヒット作ともなっている。そして1997年秋のフランクフルトショーで発表されたMY98(1998年モデル)モデルの「ディアブロSV」では、引き続き「ディアブロ」シリーズ最強を維持するべく更なるエンジンのパワーアップと、足回りの強化、装備の見直しが行われている。エンジンは型式と排気量を維持したまま、電子制御式の可変バルブタイミング機構を吸気側に加え、カムシャフトのプロフィールやバルブ面積の変更が吸排気双方に施されている。これまで「ディアブロ」の開発時から携わってきたルイジ・マルミローリが1996年に退任した後、ランボルギーニのテクニカルディレクターに就任したマッシモ・チェッカラーニ主導によるアップデートが図られ、MY98モデルの「ディアブロSV」は、最高出力530馬力/61.7kgmの最大トルクを得る事となる。ホイールは前後共に18インチとされ、フロントディスクブレーキ径が拡大されるとともに、DRP(ダイナミック・リア・プロポーショニング・バルブ=常時適切な前後制動力配分を行う装置)付きのABSを標準装備している。インテリアの造形はほぼ継承されるが、ステアリング形状が下部がフラットな「D」型のエアバックを装備したものに変更されている。このMY98モデルの「ディアブロ」が本来ならばシリーズの最終モデルとなる予定でアップデートされ、ランボルギーニは翌年1999年に後継車(開発コードL147=車名は”カント=イタリア語で歌を意味する“)へとバトンタッチするべく開発の最終段階を迎えていた。しかし、1998年に新たにランボルギーニの親会社となった「アウディ」を擁するフォルクスワーゲングループの会長フェルディナント・ピエヒが、カロッツェリア・ザガートによる新型モデルのボディデザインに難色を示した事により、後継車の発表は延期され「ディアブロ」の延命が図られる事となる。︎今回入荷した1999年型「ディアブロSV」は、以上の経緯からMY99モデルとして内外装デザインにリファインが加えられたモデルとなっている。そのエクステリアでの最大の変更点は「ディアブロ」デビュー時から使われてきたリトラクタブル式ヘッドライトが固定式に改められた事。この固定式のヘッドライトは、当時、生産末期にあった「日産フェアレディZ(32型)」のもので、ヘッドライト上部に”NISSAN“の文字が入る為、ブラックのカバーを使う事でよりシャープな表情を感じさせるデザインとしている。また、リアグリルも左右のテールランプベゼル際まで広げられたワイドなデザインに変更され、センターには”ファイティング・ブル“が、右側のテールランプ寄りにはグレードを表す”SV“のエンブレムが、それぞれレイアウトされている。インテリアではダッシュボードのデザインが一新され、カーボンファイバー製の滑らかな曲線を使った軽量なタイプへと変更され、パッセンジャーシート側にもエアバックが装備されている。これまでの「SV」モデルではアルカンターラの生地が多用されていたインテリアは、上質なレザーで覆われる様になり、キャビンの雰囲気は大きくプレミアムスポーツモデルへと方向を変えている様にも見える。これらの変化は新たに親会社となった「アウディ」の意向を反映させたもので、MY00モデルの「ディアブロ」では、6ℓ化されたエンジンを搭載し「4WD=VT」モデルの「ディアブロ6.0」へと集約され、2WDモデルはスペチアーレ・モデルの「GT」や、コンペティション・モデル「GTR」に限られてしまう。これによりMY99モデルの「ディアブロSV」は、ランボルギーニを代表する「カウンタック」のイメージを継承し、同じ独自のパワートレインレイアウトによるミドシップ2WDモデルとして登場した「ディアブロ」の最終量産モデルとなり、高い完成度とパフォーマンスをもつモデルとなっている。︎MY99モデルの「ディアブロSV」が搭載するエンジンは、オールアルミ製の水冷60°V型12気筒DOHC48バルブで、ボア×ストローク87.0mm×80.0mmから5707ccのL577型とよばれるもの。MY98モデルで採用された可変バルブタイミング機構は、親会社「アウディ」主導によりアップデートが施され、新たに自己診断機能のOBDⅡが付加されたL.I.Eとよばれるランボルギーニ自社製の電子制御エンジン・マネージメント・システムをもつ。10.0の圧縮比から、最高出力530馬力/7100rpm、最大トルク61.7kgm/5500rpmを発揮する。エキゾーストシステムには可変バルブ機構を装備し、これにより欧州の通過騒音規制をクリア。前後逆向きに搭載される13ℓのエンジンオイルを潤滑させるエンジンからアウトプットされたパワーは、10インチ径のドライシングルプレートクラッチを介して、前方にレイアウトされた5MTの変速機へ送られる。そこからパワーはドライブシャフトを使って、後方のロッキングファクター45%のZF製LSDを備えるリアデフに伝達され、後輪を駆動する「カウンタック」譲りのパオロ・スタンツァーニ設計による独自のパワートレインが継承されている。︎足回りはフロント、リアともにダブルウィッシュボーン式+コイルスプリング+スタビライザーで構成され、リアには片側2本づつショックアブソーバーとコイルスプリングが装備されている。ショックアブソーバーはKONI製が採用され、標準で装備されるパワーステアリングの油圧システムを使ったフロント・リフティング機能が装備されている。4輪それぞれにセンサーを備える4チャンネル式となったABSを備えるブレーキは、前後ともにドリルド・ベンチレーテッド・ディスクを採用。フロント355mm径×32mm、リア335mm×32mmサイズとなり、それぞれにブレンボ製アルミ4ポッドキャリパーが組み合わされている。ホイールはOZレーシング製の5本スポーク部分をブラックに塗装し「SV」のロゴの入った、3ピースホイール「ペガソ」を装備。サイズはフロントに18インチ径×8.5J、リアは18インチ×13Jとなる。組み合わされるタイヤは、フロント235/35ZR18、リア335/30ZR18サイズのピレリPゼロとなっている。︎インテリアはMY98モデル迄は、それまで継承されてきたなだらかでフラットなダッシュボードの上にメータークラスターが載せられたタイプとなるが、このMY99モデルでは新たに有機的なデザインのメータークラスター一体型のダッシュボードが採用されている。レイアウトされるメーター類は360km/hをフルスケールとするスピードと、9000rpmまで刻まれた大径のレブカウンターを始め油温、油圧、水温、燃料の小径メーターが継承されているが、新たにアナログ時計が加えられている。これらの計器類は全てVDO製を継承するが、それまでのホワイトメーターではなく、視認性の高いブラックフェイスにホワイトレターのものに変更されている。底部がフラットな「D」型4本ステアリングホイールと、パッセンジャーシート前方のダッシュボードにはエアバックが装備されている。ふたつのシートの間にはギアボックスを覆う幅の広いセンターコンソールが備わり、ゲートの切られた基部をもつシフトノブが装備されている。「ディアブロ」登場時から同じデザインに見えるシートは、サイドサポート部分が僅かに深くされ、より身体にフィットする形状に改められた細身のバケットタイプとなる。リクライニング機構は無く高さ調整と前後スライドが可能となり、シート背後にスペースには荷物を置けるスペースをもつ。ペダル類はセンター寄りにオフセットしてレイアウトされ、その間隔は極めて少ない。ドライビングに集中出来る極めてシンプルなインテリアとなり、パワステの採用やクラッチペダルの踏力等が軽減され、ソフィスティケートされても、このクルマの本質は全く変わっていない。︎全長×全幅×全高は、4470mm×2040mm×1115mm、ホイールベースは2650mm、トレッド前1540mm、後1640mm、車両重量1625kgとなっている。最小回転半径は6.275m、燃料タンク容量は100ℓ、新車時販売価格は2250万円(1999年8月)となる。「ディアブロ」はシリーズを通して2903台が生産され、そのうち「SV」モデルは346台が1995年〜1999年までの期間に生産されている。そして最終モデルとなる”MY99モデル“の「ディアブロSV」は196台が生産され、その中から日本に正規輸入された、たいへん希少な1台となっている。輸入元となるミツワ自動車は「ポルシェ」の日本正規代理店として知られているがポルシェ・ジャパンの発足により「ポルシェ」の販売から徐々に手を引いて1998年末から「ランボルギーニ」の正規輸入元となった。かつてミツワ自動車では「ポルシェ」と並行して1968年〜1972年まで「ランボルギーニ」の日本総代理店だった時代があり、国内第一号の「ミウラ」を輸入した実績もある。︎メーカー公表性能値は、0→100km/h加速3.85秒、0→1km加速20.1秒、最高速度320km/hとなり、加速重視の5%ローギアード化されたファイナルレシオをもつ「SV」モデルは、最高速度は抑えられている。︎もはや”伝説のスーパーカー“の域に達している「カウンタック」と同様に、それまで連綿と築き上げてきた自動車のデザインのルールを”破壊“することで強烈な印象を残すマルチェロ・ガンディーニの創造力から生まれた「ディアブロ」。そのボディデザインは「カウンタック」からの連続性を強く意識させるが、比べるとエッジが柔らかくまるめられて自動車でありながら、自動車らしくない独自のスタイルが貫かれている。1990年代半ばから加わった「SV」モデルでは、限定モデル「SE30」と同様にフロント部分に突き出したスポイラーとルーフ上に加えられたツインのエアインレット、両端が下方に丸められたリアウィングにより、更にあふれる存在感を湛えている様に見える。「ディアブロ」のボディは、例えば同時期の「フェラーリ360モデナ」と比べると100mm以上幅広く、100mm低く、ほぼ同寸の全長をもつ。ノーズから一直線にルーフまで立ち上がるボディラインはルーフ上で水平になり、そこからなだらかにテールに向かって下っていくフォルムは、寸法以上に大きく感じられ、そのオーラが更に大きさに輪をかける。異様に薄く地面に張り付いたイメージを強調するボディの、ハネ上げ式の厚みのあるドアを開け、幅のあるサイドシルを跨いで低いシートに腰を下ろす。MY99モデルから採用されたダッシュボードには機能的にメーター類が並べられ、傾斜の強いフロントウィンドウと前方下方へと回り込むサイドウィンドウによる前面の視界は思いのほか開けている。しかし斜め後方の視界は遮られ、真後ろだけがリアビューミラーを通して見る事が可能となる。ドアミラーでの視界が確保されているので、斜め後方の視界はこれを有効に活用するしか無い。シートベルトは通常のモデルとは逆に、車体中央側に備わり、キャッチ部がドア側に配置されている。キーを捻りエンジンを始動すると、存在感のあるエンジンサウンドが響かせアイドリングが始まる。踏み応えのあるクラッチを踏み込んで、ギアレバーを1速に送りゆっくりとクラッチをリリースすると、アクセルを開けなくても車体は動き出す。タウンスピードでもピッチングは感じられず概ねフラットな乗り心地を示し、ステアリングにはパワーアシストが付いているので、車両感覚さえ掴める様になれば思った以上に「ディアブロSV」は、従順に車列に加わり進むことも可能となる。高速道路に乗り入れても100km/hでの巡行では、フラットな乗り心地が継承される。機会を見つけてエンジン回転数を上げていくと4000rpmを超えるあたりからエンジンはヴァイブレーションを感じさせる様になる。ギアを落として7000rpmまでエンジン回転を上げてみると、このヴァイブレーションは続くが回転自体はとても滑らかに感じられる。ここまで回すと、1速では100km/hを上回り、2速だと160km/hまで届いて、3速では200km/hを超えてしまう。迫力あるエキゾーストノートと、キャビン内にレイアウトされている変速機のギアノイズにより、フェラーリの伸びやかに澄み渡るサウンドとは全く異なるバリトンのまま、朗々と歌い上げる感覚がランボルギーニを感じさせる。ギアを何速に入れていても、エンジン回転数がどの回転域にあっても、あふれるトルクを漲らせながらアクセルを開けただけ間髪入れずにリニアに加速Gを立ち上げる。アクセルを踏み込んでも後輪のトラクションは衰える事なく、ドライバーの背中をバックレストに押し付けながら更なるスピードを積み上げて行く感覚は、同じイタリア製の12気筒エンジンでも「フェラーリ」とは全く異なるテイスト、サウンド、加速感を生み出し、全く異なるドライビング感覚を感じさせるものとなる。ワインディングロードでは、パワーステアリングにより重いステアリングと格闘すること無く路面のフィールが伝えられ、固められながらもしなやかに動く足回りと、強力なブレーキにより、あふれ出すエンジンパワーを有効に活用することが出来る。ロールの少ない安定した姿勢でクリアするコーナリングとなるが、そのスピードだけを求め過ぎると一連のコントロールは困難を増していく傾向を示す。ある程度のコーナリングスピードを維持しながら、脱出時にLSDを効かせて加速を楽しむ走り方でも、豪快なサウンドにより楽しさを満喫する事が可能となる。「フェラーリ」の聖地マラネロもそうだが「ランボルギーニ」の故郷サンタアガタも、もし「ランボルギーニ」が無かったら世界中にその名前が知られる事のないエミリア・ロマーニャ地方にある小さな村となる。この地方の農家の息子に生まれ、トラクター生産で財を成したフェルッチオ・ランボルギーニは無類のクルマ好きで、様々な高性能スポーツカーを所有していた。その中の一台だった「フェラーリ250GT」の一部に不満を感じたフェルッチオは、1960年代初頭のある日、意を決してそれについて話し合う為にマラネロのエンツォ・フェラーリを訪ねる。まともに取り合わないエンツォに対して「フェラーリ」を凌ぐスーパースポーツモデルを自ら生み出すべく反骨精神とバイタリティあふれるフェルッチオにより、1963年にサンタアガタに「ランボルギーニ」が設立されたといわれている。何処かワイルドで骨太で、開発時の最高速度達成時のエピソードを含め反骨精神あふれるキャラクターをもつ「ディアブロ」は、様々な企業の傘下を遍歴した時代の「ランボルギーニ」を支えながら、そのフィロソフィーを守り続けたモデルとなっている。そのシリーズの中でも伝統のパワートレインレイアウトをもつ2輪駆動モデルとして「SV」の称号が与えられた、最終モデルの”MY99“モデルの「ディアブロSV」は、正統派の”ファイティング・ブル“として創業者フェルッチオ・ランボルギーニのスピリットを色濃く現代に伝える、20世紀の終盤に生まれた純粋なスーパーカーの生き残りの1台と言えるのかもしれない…