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Type46
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グレード
Type46
ボディタイプ
外装色
ホワイト
年式
1967 年型
走行距離
不明
乗車定員
サイズ
長 399 cm 幅 163 cm 高 107 cm
エンジン形式
排気量
1470 cc
馬力
トルク
車検
ハンドル
駆動区分
輸入区分
内装色
ブラック
燃料区分
幌色

1600ccクロスフォーエンジン(ルノー製)

ロータス初のミッドシップ・プロダクションモデル「ヨーロッパ」は、19636月にロン・ヒックマンにより描かれた1枚のスケッチから始まる。ヒックマンは1932年、南アフリカに生まれ幼い頃から音楽や絵の才能に恵まれ、漠然と自動車デザイナーになる事を夢見て1954年に単身船でイギリスに渡ると、運良く「フォード」のデザイナーとして職を得る。1956年のアールズコート・モーターショーで、デビューしたばかりの「ロータス イレブン」を見ている時に、ロータス広報のアルフレッド・ウルフに話しかけられたのをきっかけに、同僚のピーター・ケンブリッジ、ジョン・フレイングとともにホーンジーにあったロータスを訪ねる事となる。その頃のホーンジーでのロータスのエンジニア達は皆レース対応で手一杯の中、創業者のコーリン・チャップマンはプロダクションカーを開発してその利益でレース活動を続ける事を目論んでいた。チャップマンの歓迎を受けたヒックマン達は「フォード」に勤務しながらこのプロダクションモデルの制作を手伝う事となる。1958年には正式にロータスの社員となったヒックマンをはじめとする3人は、フレイングがボディの基本的なデザインを受け持ち、インテリアはケンブリッジが担当、ヒックマンはFRP製のモノコックボディを実製造に向けリファインすることで、1959年にロータス初の本格的プロダクションモデルとしてType14「エリート」がデリバリーされる。続いてチャップマンから依頼された「エラン」の開発プロジェクトに臨むフレイングとヒックマンだったが、19593月にフレイングは突如ロータスを退社してしまい、これを引き継いたヒックマンが鋼板バックボーンフレームの発想に辿り着く事で196210月にType26「エラン」は発表されるに至る。好評を持って迎えられた「エラン」はロータスに安定した利益をもたらすとともに、ロータス製スポーツモデルの知名度を高める事となる。1963年になると「フォード」からの依頼を受け、サルーンカーレース参戦用のType28「コルティナ ロータス」を開発、ハートフォードシャー州のチェスハントの工場で生産を請け負う。勢い付くロータスを「フォード」が新規レーシングモデル開発を目的に視察に訪れるという話が持ち上がる。フォードは本格的にル・マン24時間レースを制覇する目的で、V8気筒エンジンを搭載する新たなレーシングモデルの開発の為のパートナーを捜しに、スポーツカー開発部門の責任者レイ・ゲデス、プロジェクト・エンジニアのロイ・ラン、そしてハル・スパーリックの面々が「ローラ」「クーパー」を訪問した後、ロータスにも足を運ぶスケジュールとなっていた。そこでチャップマンは、5ヶ月前に発表された「ローラGT」に対抗出来るレーシングモデルを、既に検討中だと思わせる為のプロトタイプのスケッチをヒックマンに依頼していた。ヒックマンにより描かれたこのプロトタイプがもつフォルムこそ、後の「ロータス ヨーロッパ」がもつ特徴をそのまま再現されたものだった。薄いフロントノーズと強い傾斜をもつフロントウィンドウ、ルーフから一直線でつながる高いリアデッキをもち、そこに搭載されるエンジンの吸気ファンネルが8つ、フラットなエンジンリッド上に四角く開けられた2列のエアスクープから見えている。エンジンリッドとルーフの間に設けられた天地の浅い横長のリアウィンドウ、角張った形状のリア・ホイールオープニングと、リアパネル下方のリアグリルの両端にはテールランプがレイアウトされるなど「ヨーロッパ」ならではのディテールが表現されていた。結局、フォードはローラをパートナーに選択する事となるが、チャップマンはこのスケッチを元に、1957年秋のロンドンショーでデビューした「セブン」の後継車として自分達で生産することを決意し、19651月にプロトタイプモデル「P5」として開発プロジェクトが始動する。1959年のF1グランプリで、年間ドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトルを獲得したジョン・クーパーによる「クーパークライマックスT51」は、ドライバーの背後にエンジンを搭載したミッドシップモデルとして初のタイトルを獲得したグランプリマシンとなる。翌年のF1グランプリでもこのモデルの進化型でもある「T53」がタイトルを獲得、それまでエンジンをフロントに搭載していた数々のグランプリマシンは、1961年には全てがミッドシップモデルへと姿を変えている。最も重いエンジンをホイールベース内の車体中央に搭載するミッドシップモデルは、高い旋回性能と強い駆動力、そしてバランスをとりやすいブレーキ性能などのアドバンテージをもち、グランプリマシンから極めて一部の高価なスポーツモデルへと裾野を広げつつあった。このエンジン搭載方法を使ってチャップマンは、デレック・スリースを主任設計者として「P5」のナンバーを掲げ「セブン」の後継車となる、安価で高性能な新型スポーツモデルの開発を進めていた。この頃のロータスでは手狭になったチェスハント工場から、100km以上離れたノーフォーク州のへセルにある、第二次世界大戦時にイギリス空軍の飛行場跡地だった場所に工場を建設しテストコースを整備、チェスハントとホーンジーに存在する機能をここに移転させる計画と準備が進められていた。それを背景としながら18ヶ月という期間の中でまとめられた「P5」は、利用出来る他車の量産パーツをなるべく使って、コストと開発にかける時間を省きながら合理的に目標達成を目指していた。中でもパワートレインの供給をエンジンのチューンナップも含めてフランスの自動車会社「ルノー」から受けられるよう協力関係を結べたことは完成への最大の鍵となった。ヒックマンのスケッチが元となったボディは、4年前に登場した「エラン」のノウハウを活用し1.6mm鋼板を溶接して組み上げたY字形の閉断面のバックボーンフレームを使い、その上にFRP(グラスファイバー強化プラスチック)製で形成される手法が用いられている。風洞実験による空力特性が重視されたこのボディの全高は極端に低く、リア後端にビルトインされたスポイラー形状と、ルーフから直線的にリアへと続くエンジンフード両サイドのバーチカルフィンの効果もあり、空気抵抗係数は0.29と高いエアロダイナミクス特性を得ることに成功している。「エラン」とは逆にY字形フレームの開いた部分を後方として、そこにエンジンが搭載し前方部分にはボックスセクションのクロスメンバーを直角に溶接、両端にフロントサスペンション、そしてステアリング等が取り付けられる構造となる。バックボーンの中心部は非常に高い剛性をもち、深さは約300mm、幅は約150mmもあり、エンジン搭載部分はテーパー形状となり最後端部では50mm程度の深さとなっている。FRP製のボディは、Specialised Mouldingsという専門メーカーで製作され、約25mmにわたる様々な板厚が使われている。このボディとバックボーンフレームは、数ヶ所でラバーを介してボルトで固定され、部分的には接着により固定されることで分離出来ない構造をもち、ボディ剛性や空力への配慮を感じさせる造りとなっている。サイドウィンドウは開閉機能が無く固定式、ドアの内張りやカーペットも省かれ素材剥き出しで、シートはボディ構造材の上にクッションを置いた調整機能を持たない形状となっている。フロントサスペンションは「トライアンフ ヘラルド」用のダブルウィシュボーンとコイルを採用し、ラック&ピニオン、ステアリングも軽量な事から同車のパーツが流用されている。リアサスペンションはロータスオリジナルのセミトレーリングアーム式で、フロントのディスクブレーキとハブはそれぞれ「トライアンフGT6」及び「ヴィテス」の2モデル用、キャリパーはガーリング製、リアブレーキはドラム式となりホイールは「エラン」と共通の13インチ径とされている。コストを抑える為に流用部品はエクステリアにも及び、フロントバンパーは「フォード アングリア」、リアバンパーは「コルティナ」用、サイドフラッシャーは「ルノー」用、テールランプは「ランチア フラヴィアザガート」用が採用されている。こうして完成したこのモデルはType46という社内コードとともに、ロータス製プロダクションモデルの伝統に従いEから始まる「ヨーロッパ」と名付けられ、19661220日にロンドンで公開された後、翌年1月のブリュッセルショーでデビューを果たす。車名の「ヨーロッパ」は、パワートレインの供給を受ける「ルノー」との契約から生産当初にはフランスを始めとするヨーロッパ大陸で販売する事を計画していた事による。英語表記では「ヨーロッパ」は「Europe」となるが、ヨーロッパ大陸では「Europa」と表記されることが多いことから、こちらの綴りが車名に採用されている。また「Europa」とはギリシャ神話に登場する女神の名前でもある為、自身の仏教思想上から「蓮=ロータス」を社名に掲げるチャップマンらしくこちらを選択したという考え方もある。「ヨーロッパ」は、600kgを僅かに超える軽量ボディと堅牢なルノー製OHVエンジンによる優れた動力性能をもち、最初に輸出されるフランスでの価格は「エラン」の2/3程度に留まり「ポルシェ911」の約半分に抑えられ「ルノー」のエンジン保証と部品供給のバックアップも受けられる事から、大いなる好評をもって迎えられた。「ヨーロッパ」の日本での初お披露目は、196711月に開催された東京オートショーで、この頃「東京モーターショー」は日本の自動車メーカーの展示車だけに限られ、輸入車の為にこの「東京オートショー」が設けられていた。フランスを中心とするヨーロッパ大陸をマーケットとして販売された「ヨーロッパ」は、左ハンドル仕様のみが生産され英国での販売は行われていない。この「ヨーロッパ Sr.1」に続き1968年中頃になると「エラン」と同様に10数本のボルトを外す事でバックボーンフレームとボディが分離出来る構造をもち、開閉可能なサイドウィンドウや調整機能の付くシートを装備して、53kg車両重量が増加したタイプ54「ヨーロッパ Sr.2」が発表され、19697月に右ハンドル仕様が完成することで英国内での販売が開始されている。「ヨーロッパ Sr1」に搭載されるエンジンは1968年にヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞する「ルノー16」用のタイプ697とよばれるアルミ軽合金製のエンジンブロック、クランクケースをもつ重量90kgの軽量エンジンとなる。水冷直列4気筒OHVのこのエンジンは、ボア×ストローク76.0mm×81.0mmから1470ccの排気量を得る。排気量は「ルノー16」用と変わらないが圧縮比を8.5から10.25に高め、特製カムシャフトと拡大された吸気バルブを採用し、専用マニホールドには2ステージ・ソレックス35DIDSAキャブレターを1基装備。これらのチューニングにより「ルノー16」用の58.5馬力/10.8kgmから、82馬力/6000rpmの最高出力と10.6kgm/4000rpmの最大トルクを発揮する。燃焼室の形状はウェッジ形で一列に並んだ吸排気バルブは、シリンダー中心線に対して20°傾斜している。カムシャフトはブロックの肩部にあり4個のベアリングで支持されることからプッシュロッドはごく短く、クランクシャフトは5ベアリング構造の堅牢な造りとなっている。このエンジンのチューニング及び製造は「ルノー」により行われ保証とアフターサービスも受ける事が出来た。組み合わされるトランスミッションはタイプ336とよばれる4速マニュアルトランスミッションの「ルノー16」用で、軽量なアルミダイキャスト製のケースをもちギア・レシオも共通となっている。ファイナルは3.56に低められ、200mm径のクラッチもそのまま「ルノー16」用が使われている。この4MTは長めのリンケージによるシフトフィールに慣れを要するが耐久性は高いものとなる。FF駆動方式の「ルノー16」では、ギアボックスを先端にして組み合わされるエンジンはバルクヘッド側に縦置きに搭載されている。これを「ヨーロッパ」では、そっくり前後反対に搭載しているが、そのままでは前進1/後退4段となってしまう為、ファイナルのクラウンギアをピニオンに対し反対側へ移す事により解決している。足回りはフロントはダブルウィシュボーン式、リアはセミトレーリングアーム式となる。フロントの足回りには、当時の「ブラバム製F3」にも採用される軽量な「トライアンフ ヘラルド」と共通のダブルウィシュボーンと、コイルスプリングを採用、ステアリングのラック&ピニオンも同車の部品が使われている。リアは、ロータス独自設計となり、鋼板溶接によるハブキャリアは固定長のドライブシャフトと、約500mmの長いロアー・トランスバース・リンクにより横方向を支え、縦方向は非常に長い閉断面鋼板溶接によるラジアスアームによりコントロールされている。ジオメトリーの上では、このラジアスアームとロアー・トランスバース・リンクによる極めてワイドベース(ピポッド間の距離は約760mm)のトレーリングアーム式となる。コイル/ダンパーユニットは、ハブキャリア下部と、Y字形フレーム後部にボルト締めされたクロスメンバー外端に取り付けられる。スプリングはかなりソフトで1名乗車時でもボディが沈む程だが、後輪のキャンバー角変化は極めて少ない。サーボが装備されていないブレーキは、フロントのディスク式ブレーキには「トライアンフGT6」用の9.75インチ径のディスクとガーリング製のキャリパーが組み合わされ、リアには8インチ径のドラム式が装備される。ホイールは「エラン」と共通サイズの4.5J×13インチ径となり、155-13サイズのタイヤが組み合わされている。インテリアは、3分割されたデザインのダッシュボードが採用され、このダッシュボードが採用されるのは「ヨーロッパ Sr1」と、同時にデビューした「グループ4」用のコンペティションモデル「47GT」のみとなる。アルミパネルが張り込まれているが、同形状のウッドパネルが採用されているモデルも存在する。ステアリングは350mm径の3スポークをもつ「Springall」製となり、正面には100mm径のスミス製で左側にスピード、右側に回転計がレイアウトされている。センターコンソール上部には小径の4つのメーターが並び、左から電流、水温、油圧、燃料計となり、いずれも指針が中央付近を指していれば許容値なので、一瞬視線を送ることで確認出来るものとなる。低くレイアウトされたバケット形状のシートは固定式で調整は効かず、後傾してストレートアームのドライビングポジションを強いられ、ステアリングボスやペダル類によるリーチの調整が必要となる。キャビン中央に高く存在するバックボーンフレームと、分厚いFRP製ドアによりドライバーの身体が収まる幅は以外と狭く感じられる。バックボーンフレーム上に位置する短いシフトノブはステアリングから近く自然なポジションにあり、コンソール上のライト、ワイパー、空調ファン等のスイッチは、シフトノブに握りながら操作が可能となる。しかしシフトレバーの作動は確実さをやや欠くもので少しの慣れを必要とする。ペダル類はアクセル以外は、床側に支点をもつタイプでバックボーンフレームとフロントタイヤハウスの間の狭いスペースにレイアウトされている。高いリアクォーターパネルにより「ヨーロッパ」で最も気を使わされるのは斜め後方の視界で、リアクォーター部分の視界はサイドミラーに限られてしまう。サイドウィンドウは固定式で、外気はダッシュボード上のベンチレーターから入り、後窓の上の隙間から排出される構造となる。今回入荷した車両にはコンペティションモデルの「47GT」の様に、フロントピラー部を軸にサイドウィンドウ後方がチルトするアフターパーツが装備されている。ワイパーブレードは1本となるが、2スピードで高速かつ強力に広いウィンドウを拭いウォッシャーノズルも装備する。全長×全幅×全高は、3994mm×1638mm×1079mm、ホイールベースは2311mm、トレッド前1346mm、後1346mmで、車両重量は620kgとなる。前後重量配分は空車時42.7:57.32名乗車+満タン時では44:56となっている。燃料タンク容量は32、最小回転半径は6.7mで、新車時販売価格は195万円(19682)で、ロータス輸入代理店だった東急商事により販売された。生産台数は、シリーズを通して9000台以上が生産された「ヨーロッパ」の中で「ヨーロッパ Sr1」は僅か644台が生産されたたいへん希少なモデルとなっている。メーカー公表性能値は、060mph加速9.3秒、最高速度185km/hとなり、カーグラフィック誌による実測テストでは0100km/h加速8.8秒、0400m加速16.6秒、最高速度200km/hを富士スピードウェイで記録している。196612月の「ヨーロッパ Sr1」と同時にデビューしたType47こと「ロータス47GT」は、同じボディデザインをもつ「グループ4」カテゴリーのレーシング・プロトタイプモデルとなる。FRP製のボディは軽量化の為に薄い素材で形成され、バックボーンフレームは「ヨーロッパ」用に似た形状をもつが、強化された異なるパワートレインとサスペンション型式が採用される事から改良されたものが採用されている。エンジンはロータス・ツインカムを元にした「コスワース・Mk13C」とよばれる水冷直列4気筒DOHCで、ボア×ストローク83.5mm×72.75mmから1594ccの排気量を得る。圧縮比は11.1へと高められワークス仕様ではテカルミット・ジャクソン製の機械式フューエルインジェクションを装備、それ以外のモデルには45mm径のウェーバー・キャブレターが2連装され165馬力〜170馬力/7000rpmの最高出力を発揮していた。組み合わされるトランスミッションはF2用に造られた「ヒューランドFT2005MT」となり、クラッチは7.5インチ径のボーグ&ベック製が採用されている。このシフト・ストロークが「ヨーロッパ」の半分しかない「ヒューランドFT2005MT」を採用したことにより、組み合わされるエンジンは更に低くマウントされる為、ドライサンプ化され僅かに前方に移して搭載されている。サスペンションは専用の4輪ダブルウィシュボーン式となり、リアにはマグネシウム製アップライトを採用、ラジアスアームもフォーミュラーカーから流用されている。ブレーキは4輪ディスクブレーキを装備して、リア・ブレーキはアウター・ジョイントより内側にディスクを設けたセミ・インボード式となる。ガーリング製ツインマスターシリンダーが装備されたブレーキは、コックピット内からの前後ブレーキバランス調整が可能となっている。左ハンドルのみの「ヨーロッパ Sr1」とは反対に右ハンドル仕様のみの設定とされ、ペダル類も「ヨーロッパ」とは異なり3ペダルとも吊り下げ式が採用されている。また固定式だったサイドウィンドウはフロント側を軸に後方が20mm程開く形状となる。「ヨーロッパ」と同じ13インチ径のホイールは前後ともにマグネシウム製で、フロントに7.5J、リアには10Jというワイドなサイズが装備され車両重量は558kgに仕上げられている。日本に輸入される「ヨーロッパ Sr1」の価格が195万円だったのに対し「47GT」は約700万円で2台が輸入されている。060mph加速5.0秒と最高速度266km/hを公表し、デビュー直後の1966年末にブランズハッチ・サーキットで開催されたボクシング・デイ・ミーティングにワークス・エントリーした2台の「47GT」は、ジョン・マイルズとジャッキー・オリバーのドライブで1-2フィニッシュを獲得。その後「47GT」は、規定生産台数(年間50台以上)を満たして「グループ4」モデルとして公認されると、1967BOAC500マイル・レースでクラスウィンと総合9位を獲得する。ポルトガルで開催されたヴィラ・リアルでは5.5の「ローラ・シボレー」に続く2位、3位に入賞、南アフリカのローレンス・マークス3時間レースでは「ローラ・シボレー」と2台の「フォードGT40」に次いで4位入賞を果たす結果を残す。しかし、2でクラス分けされるスポーツカー・レースでは「ポルシェ906」の登場により厳しい戦いが強いられるようになってしまう。ロードカー初のミッドシップモデルは1962年のフランスの「ルネ ボネ ジェット」となるが、その生産台数は200台に満たない。時を同じくしてそれを追いかける様に発表されたイタリアの「デ・トマソ ヴァレルンガ」は50台程が生産されたに過ぎない。スポーツカーメーカーというより、当時はレーシングファクトリーというイメージが強いロータスから1966年末に発表された「ヨーロッパ」は、ロータスにとっては初めてのミッドシップ・プロダクションモデルでありながら1970年代中盤までに9000台以上が生産され、このモデルがもつスポーツカーとしての魅力と「47GT」に代表される様にその可能性をも感じさせるモデルとなる。ロータスにとってのミッドシップモデルは、1960年にスターリング・モスのドライブで勝利したコンペティション・フォーミュラーのType18と、これをベースに造られたレーシングスポーツType19から始まり、レースを闘う中で徹底的な解析が行われ、蓄積されたノウハウが「ヨーロッパ」には反映されている。「ヨーロッパ」は、同じバックボーンフレーム構造を採用しながらも「エラン」と比べると車幅は200mm以上、トレッドは150mm以上も拡幅され、70mm近く低い車高により地を這う様なディメンションをもつ。トラディショナルなFR方式の「エラン」に比べ、ミッドシップ方式で低い車高の「ヨーロッパ」は、誰の目にも新たな時代の到来を感じさせるスポーツカーとして映った事だろう。低くレイアウトされるヘッドランプ内側にウィンカーをもたない「ヨーロッパ Sr1」のフロントフェイスは薄いノーズを強調し、ルーフから一直線に続くリアクォーターパネルをもつボディはヒックマンのスケッチに忠実なデザインとなる。その特徴的なクォーターパネル後方には、1958年からF1レースに参戦し続けコンストラクターズチャンピオンを獲得した事に代表されるチーム・ロータスの活躍を記念するシルバーのプレートが付けられている。ドアノブが無くボディ側に設けられた切り欠きに手を入れ、プッシュボタンを押してFRP製のドアを開き、低いシートに乗り込むのにはアクロバティックな動作が要求される。固定式となるシートは、強く後傾したドライビングポジションとなるが形状が適切な為、長時間のドライブでも過度に疲れる事は無くコーナーリング時にもしっかりと身体のサポートが受けられるものとなる。シートに座っていると厚みのあるドアとキャビン中央に位置するバックボーンフレームによるタイトな空間は、寝そべった低いポジションとストレートアームで握るステアリングからフォーミュラーに乗り込んでいる様な錯覚を覚える。目線は低いがスカットルも低いことから、傾斜の強いフロントウィンドウを通しての前方の視界はすこぶる良好。問題となるのは後方視界で、真後ろは天地に狭いリアウィンドウからルームミラーを通して確認出来るが、斜め後方は死角となる為、バックミラーに頼るしかない。シフトレバーの前方に位置するイグニッションキーを捻り、エンジンを始動するとスポーティな4気筒エンジンのサウンドが低く響いてヴァイブレーションがボディパネルを共振させる。クラッチを踏んで癖のあるギアレバーを1速のポジションに運び、重めで繊細なクラッチをエンゲージするとチューニングが施されたエンジンでも軽い車重により走り出す事が出来る。エンジン出力値から想像するより軽快にスピードを上げていく「ヨーロッパ」は、タウンスピードでは、柔らかいスプリングにより想像よりソフトな乗り心地に感じられる。低速域でも安定感を損なわないエンジンは、劇的なフィーリングこそないもののストレス無い吹け上がりをみせてくれる。最大トルク値は4000rpmで発揮されるが、低めの回転域でも充分なトルクと柔軟性をもち、プラグやキャブレターが不調を訴えたり、オーバーヒートの兆しを見せる事は無く高い安定感をもつ。空いた高速道路に出ると「ヨーロッパ」の高い空力性能による風切り音の低さや、背後に搭載されるエンジンからのメカニカルサウンドが後方へ流れていく事から、ノイズから開放された穏やかなキャビンでリラックスしたクルージングが可能となる。また腕力を必要としない軽いステアリングをもつ「ヨーロッパ」は、高速コーナーでは僅かにステアリングに舵角を付けるだけで、腰のあたりがシートに押し付けられることで、細身のタイヤが高いコーナリング・フォースが発生している事に気付かされる。ハンドリングは限りなくニュートラルに近く、あたかもレールの上を走る様にステアリング操作に忠実に、少ないロールで高いスピードを維持しながらコーナーを抜けていける。ハイペースでワインディングを右に左にノーズが軽く向きをかえていく感覚が楽しめるのが「ヨーロッパ」の特徴となり、飛び切り軽量なボディに加えエンジンの出力設定と、パワートレイン及び乗員をはじめとする大きな質量が重心付近に集中した設計が要因となっている。そう理解していても、この一体感とひたすらニュートラルに感じられる抜群の操縦感覚を味わってしまうと、回転半径が大きい事や後方視界が悪い事など忘れてしまうくらいドライビングに夢中にさせられてしまう。チャップマンによるロータス製プロダクションモデルは「セブン」に始まり、続く「エリート」では高く掲げた理想から高コストによる経営危機を招いてしまった。しかし、その窮地を「エラン」に救われ、その特徴的な軽量FRP製ボディとバックボーンフレームを活かしたロータス製スポーツモデルの知名度と評価は大いに高まり、ヘセルへの移転も含めてチャップマンとロータスはひとつの到達点に立ったと言えるだろう。それでもチャップマンは技術の進化を背景としながらコンペティションシーンで中心となるミッドシップ方式を、安価にロードモデルに転用することを目論み「エラン」で用いたバックボーンフレームを前後逆に使ってセンセーショナルなハンドリングをもつ「ヨーロッパ」を完成させた。「ヨーロッパ」は更なる進化を見せてロータス・ツインカムを搭載したモデルにまで発展、更にビックバルブ・エンジン搭載モデルに辿り着く。そしてFRP製ボディとバックボーンフレームを使ったミッドシップモデルは、次のモデル「エスプリ」へと引き継がれていく。現代の最新のスポーツモデルが搭載する高出力エンジンや、それに対応した高性能タイヤ、またドライバーを補助したりドライビングの味付けを瞬時に変更出来る電子デバイスは、スポーツモデルを楽しく速く走らせる為に大いなる進化を見せている。そうした現代のスポーツモデルの中にあっても、60年前に開発されたプレーンな軽量ミッドシップモデルは、細身のステアリングから衝撃のハンドリングを繰り出し、ライバル不在のパフォーマンスを見せてくれる。草創期のミッドシップモデルでありながら「ヨーロッパ Sr1」の操縦性は、その真髄ともいえる高いドライビングプレジャーをもち、レーシングカーとロードモデルの際どい境界線上に位置するミッドシップモデルがもつ、本来のあるべきピュアな姿を色褪せる事なく現代にも伝え続けているのかもしれない