シトロエン 2CV6
スペシャル
シトロエンは小型大衆車を開発するにあたり、当時の副社長であるピエール・ブーランジェ(後に3代目シトロエン社長になる)は「こうもり傘に4つの車輪を付ける」という発想を抱いていた。この発想を具現化すべく航空機メーカーのヴォワザンやルノーで働いた経験をもつエンジニア、アンドレ・ルフェーブルとイタリア出身のデザイナー、フラミニオ・ベルトーニによりTPV(Toute Petite Voiture=超小型車)と名付けられたプロジェクトがスタートする。ブーランジェがこのプロジェクトに課した目標は、2人の大人と50kgのジャガイモを載せ、60km/hのスピードで走れること。また併せて悪路を走行しても車内に載せた、籠の中の卵が割れない快適な乗り心地を備えること。更に女性でも楽に操作出来る簡潔な操縦性と、リッターあたり20km走れる経済性を達成するというものだった。これらの目標を実現するには軽量化が大切と考えたルフェーブルは、アルミボディやマグネシウム製のサスペンション、BMW社製の水平対向エンジンによるFWDを用いた試作を開始する。しかし第二次世界大戦の勃発により、戦中から戦後にかけての時間をじっくりと熟成期間に充てることで、ボディはスティール製に、そしてサスペンションはサイドシル下に水平に装備することで、アルミやマグネシウムに頼る事無く目標に辿り着く事に成功する。軽量化からコストダウンに開発主題がシフトされる中、ベルトーニのデザイン案も曲面や曲線が排除され、よりシンプルな方向に変更された。長身のブーランジェが加えた「トップハットをかぶって乗車しても天井にぶつからない事」というリクエストにも応えながら、1948年10月のパリサロンで市販型「2CV」が発表された。新聞や雑誌は、そのデザインを「醜いアヒルの子」や「いわしの缶詰」などと酷評するが、大衆はあまり気にも留めず低価格と論理的なアプローチをもつ「2CV」の真価をすぐに発見した。「2CV」は、1949年9月22日に販売開始されると、あらゆるカテゴリーに属する人々に購入され、時の経過とともに高く評価されながら1988年までの40年間にわたって生産されることになる。その後もポルトガル工場で1990年まで生産が続き、総生産台数は387万2583台にも及んだ。発表当初、搭載された空冷水平対向2気筒OHVエンジンは、そのボディに対してミニマムサイズとなる375ccの排気量が用いられ、僅か2CV(9馬力)であった事が、車名の由来となっている。この「2CV」とはフランスに於ける自動車課税基準である「課税出力」となっている。1954年には425ccに排気量アップされたエンジン(A53型)に換装され、1970年には後継車として発表された「ディアーヌ」の為に開発された435cc(A7910型)と602cc(M28型)エンジンが搭載された。2種のエンジンを搭載した「2CV」は、それぞれ「2CV/4」「2CV/6」として生産された。1975年には「2CV/4」をベースに「2CVスペシャル」というモデルが加えられ、角型で小型の120km/h迄刻まれたイェーガー製スピードメーターに戻され、特徴的な1本スポークのステアリングは細身の2本スポークとされた。電装系は6Vから12Vへ進化しヘッドライトは丸型が採用され、小型リアバンパーやベンチシートを装備するなど、より近代化が図られた。「2CV」としては初めてファッション性を考慮した進化が施されたモデル、それがこの「2CVスペシャル」だった。しかし排ガス規制に対応する事が難しくなり、435ccエンジン搭載の「2CV/4」は1978年にフェードアウト。「2CV/6」もキャブレターやインテークマニホールドに対策を施しながら、生産が続けられ「2CVスペシャル」も「2CV/6」をベースに生産が続けられた。「2CV/4」をベースとしていた時代にリアクォーターウィンドウが消滅していたが、「2CV/6」をベースとする「2CVスペシャル」ではリアクォーターウィンドウが復活、6ライトウィンドウとされた。新たな「2CVスペシャル」登場に伴い、従来からの「2CV/6」は「2CVクラブ」を車名とし、インボードタイプのフロントブレーキと、角型ヘッドライトを装備していた。1970年代半ばのシトロエンは、オイルショックの煽りを受け、経営状態が悪くなり1974年にプジョーとの提携を発表する。1976年にはPSAグループを形成しプジョーとの主要コンポーネントの共用が進められた。既存車種の整理・統合により「アミ」は1979年に、「ディアーヌ」は1984年に生産中止される。そんな状況下でも「2CV」は、1988年までジャベル河岸のルヴァロア本社工場で生産が続けられ、その後ポルトガルのマングアルデ工場で1990年まで生産が続けられた。︎今回入荷した「2CV/6スペシャル」に搭載されるエンジンは、M28型とよばれる空冷水平対向2気筒OHVで、ボア×ストローク74.0mm×70.0mmから602ccの排気量を得る。燃料供給装置にソレックス26/35キャブレター1基を装備し、圧縮比8.5から最高出力29馬力/5750rpmと最大トルク4.0kgm/3500rpmを発揮する。1970年の「2CV/6」から採用された602ccエンジンは、「アミ6」や「ディアーヌ」に搭載されていたものと同型エンジンとなっている。当初28.5馬力あったものが、一時の排ガス規制により26馬力まで落ちるが、1979年にツインチョーク・キャブレターの採用により29馬力に向上した。両手で抱えられる程の小型エンジンでありながら贅沢な素材が用いられ出来る限りシンプルに、そして高い精度で作られている。ヘッドとブロックはアルミ製で、バルブはロッカーアームを介してV字型にレイアウトされ、燃焼効率の高い半球型燃焼室が形成されている。あらゆる人達の足となるクルマだからこそ頑丈なエンジンにしたいというシトロエンの思いがカタチになったエンジン。組み合わされるトランスミッションは、独特なシフトパターンをもつ4速マニュアル・トランスミッションとなっている。︎足回りはフロント・リーディングアーム+コイル、リア・トレーリングアーム+コイルとなり、フロントから後に、リアから前にロッドが伸びサイドシルの下で連結され、その中央にスプリングとダンパーを配置。「2CV」特有の柔らかく滑らかな乗り心地を実現している。ブレーキは1981年7月から生産されたモデルから、フロントにインボードタイプのディスクブレーキを装備し、リアはドラム式となる。3本のスタッドボルトで固定された、15インチのスチールホイールに組み合わされるタイヤサイズは、4輪ともに125-15サイズとなる。インテリアは「2CVクラブ」では、それぞれ独立したフロントシートが備わるが「2CVスペシャル」では一体型のベンチシートが装備される。前後ともにハンモック式となり座り心地はソフトで、軽量、シンプルな構造となっている。また「2CVクラブ」では、1本スポークステアリングと、燃料計とバッテリー計を組み込んだ横長のスピードメーターを装備するが「2CVスペシャル」では、細身の2本スポークステアリングを備え、120km/h迄刻まれた小型でオシャレな角型スピードメーターが備わる。イェーガー製となるメーターの下には、シフトパターンが表示され、その下部には燃料計がレイアウトされる。メーターが備わるパネルにはワイパーなどの数少ないスイッチ類が配されている。ステアリングポスト右側には、ステッキ式のパーキングブレーキレバーが置かれ、その隣にダッシュボードから生えた丸型シフトノブが備わる。このシフトノブは上下左右には動かず、独特のシフトパターンをもつ。左に倒して前方に押し込むと「リバース」、そのまま手前に引き出せば「1速」。シフトノブを中央、中立に戻せば「ニュートラル」、そこから前方に押し込むと「2速」、そこから「ニュートラル」位置を通過して手前に引き出すと「3速」、右に倒して前方に押し込み「4速」となっている。実際に動かしてみると、考えるより簡単に操作することが出来る。フロントサイドウィンドウは、下側半分を外側に折り畳んで開き、そこで固定することが出来る。これはウィンカーの無い時代の名残りで、手で右左折の合図が出せる様に考えられた構造となる。ドアハンドルはキーでロックするとノブはフリーになりクルクル回転する仕組みをもっている。全長×全幅×全高は3830mm×1480mm×1600mm、ホイールベースは2400mm、トレッド前後ともに1260mm、車両重量585kgとなっている。燃料タンク容量は25ℓ、最小回転半径5.4mで、新車時価格は215万円(1980年)。380万台を超えて生産された「2CV」は、1966年に16万8384台という生産のピークを記録し、今回入荷した1981年モデルは、89472台が生産された。︎メーカー公表性能値は、最高速度115km/hとなっている(1982年)シトロエンの創業者アンドレ・シトロエンは、先進技術の導入には積極的な人物で、世界で極めて早い時期に前輪駆動とモノコックボディ構造をもった「トラクション・アバン」を開発し注目を集めた。この「トラクション・アバン」製造のため、ジャベルの本社工場の改装や嵩んだ開発費により1934年にシトロエンは倒産の危機を迎えてしまう。これによりアンドレ・シトロエンはその責任を負って会社をミシュランに委ね経営者の地位を退く事となる。この時、ミシュランから派遣されたのが副社長となったピエール・ブーランジェだった。ブーランジェの発想に基づく「2CV」は、モデル変遷を受けながら長く製造されたモデルとなっている。今回入荷した1981年式「2CV/6スペシャル」では602ccの排気量から29馬力を発揮するエンジンが搭載される。デビュー当時の375ccから9馬力を発揮していたモデルを思えば、およそ3倍のパワーを持つ事になり、それに比べればボディの変化は少ないと言えるかもしれない。パワーウィンドウやエアコンも無く、凡そ現代のクルマ達がもつコンフォートな装備とはかけ離れた、シンプル過ぎる程の構造をもちながら、独自の論理を追いかけて生産され続けてきた。どこから見ても「2CV」にしか見えない個性的なボディデザインが継承され、その比較的高めの全高により実寸法より大きく見えるのが特徴ともなっている。簡便なドアノブを捻り薄い鉄板を切り出しただけの様なドアを開けて、シートに腰を下ろすと、着座位置は思いのほか高く感じられる。キャンバスの張られた天井は、そこから更に高く余裕のある空間が広がっている。細い鉄パイプに薄いクッションを貼り付けただけの様に見えるシートも、身体のおさまりが良く座り心地も良い。キーを回してエンジンを始動すると、バタバタバタっと乾いた音をたてて空冷フラット・ツインエンジンは回り出す。コールドスタート時にはキャブレター装備の為、ステアリング・コラム右側にあるチョーク・レバーを使う必要がある。重くないクラッチを踏んでプッシュ・プル式シフトレバーを左に倒して手前に引き出し「1速」に入れ、ステッキ式のパーキングブレーキレバーを戻しクラッチをエンゲージして走り出す。数値以上に低速トルクが感じられ気を使わされるタイプのエンジンでは無い事がわかる。タコメーターは無いのでエンジンの音や振動を感じながら、小気味良くシフトチェンジを繰り返してスピードを上げていく。1速は30km/h、2速は60km/hまで引っ張る事が出来、3速は以外と伸びる。街中での走行は、2速と3速でこと足りて、軽自動車より非力な割には軽快に走る。4速はオーバードライブとなり流れに乗れてから使用すればエンジン音を抑える事が出来る。4速で30km/h台までスピードが落ちてしまっても低速トルクは粘りを見せ、僅かに反応を返してくれる。音や振動はそれなりで静粛性や遮音性とは無縁となるが、街中を走る限りはパッセンジャーとの会話は可能となる。一旦スピードに乗ってしまえば現代のクルマの流れに合わせて走行出来、中でも40km/h〜80km/hあたりが「2CV」の長所となるシトロエンらしいフンワリした滑る様な乗り心地が味わえる。ノンパワーのステアリングも細めのタイヤのおかげで走っている限りは重いと感じる事はなく、柔軟な足回りによりロールも大きめとなるが怖いと感じる類のものでは無い。「2CV」は、普通に走る事だけを目指して必要最小限の装備しか備えていない。庶民の足として誕生したことにより、非常にわかりやすく、シンプルで、ファッショナブル、何処かほのぼのして、だけど一生懸命に走る。このキャラクターにクルマを走らせる面白さの原点が感じられ、そこに気づいたドライバーは「2CV」から離れられなくなってしまうかもしれない…