メルセデスベンツ280SL
ウエスタン自動車輸入車両
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︎1963年3月のジュネーブショーで発表された「W113型 SL」は、それまでメルセデスベンツが販売してきた「SL」とは、全く異なる種類のスポーツモデルだった。「W110型 220SE」セダンをベースとして製作された「W113型 SL」は流麗なボディスタイルをもつが、戦後のメルセデスベンツのスポーツイメージの象徴ともいえる初代の「W198型 300SL」や、そのイメージを踏襲する「W121型 190SL」とは対照的にボディから緩やかな丸みは消えている。クロームメッキで囲まれた、大きな縦型ヘッドライトと幅広いラジエーターグリル、ひときわ目立つスリーポインテッドスターによりメルセデスベンツであることは、一目瞭然となるが、それ以外は全てが異なり新しい時代を意識したモダンなデザインが採用されている。無骨で硬質な印象では無く、どちらかといえば繊細でエレガントな直線基調の造形となるボディスタイルは、時代を超越した美しさで表現されたものとなっている。ハードトップやボディと共色のホイールキャップを採用するなど、ビジュアル的な配慮も施されたエクステリアデザインは、1963年の登場時から1971年の生産中止となる迄、手直しを受けずに生産され続けた。このボディデザインはメルセデスベンツのデザイン部門のチーフデザイナーに抜擢された、フランス人デザイナーのポール・ブラックによるもの。ボルドー出身の彼は「カー・デザイナー」の他にも「彫刻家や画家」の肩書きをもち、生地のパターンデザイナーでもあるドイツ人の妻、アリスと常に行動を共にする。ポール・ブラックはパリ12区にあるエコール・ブールという彫刻やデザインの高等専門カレッジを卒業し、1953年にフィリップ・シャルボノーと出会う。1950年代を代表するフランスの著名なインダストリアルデザイナーだったシャルボノーから多くを学ぶポール・ブラックだったが、およそ1年後に3年間の兵役を果たさなければならずフランス陸軍の西ドイツ空軍基地に配属させられる。そこでの任務は将校用の車両の管理・手配となり、20歳過ぎのポール・ブラックは、何台ものメルセデスベンツを預かっては、人目を忍んでワインディングを走らせたり、時にはサーキットに持ち込んだりしていたという。兵役中のこの任務がきっかけで、メルセデスの車両をモチーフに数々のボディバリエーションを描き始め、そのデッサンがドイツ人将校の目に留まり、数日後メルセデスベンツから重役が訪ねてきてスカウトされることとなる。兵役を終える迄の1年間を過ごした後、ジンデルフィンゲンにあったメルセデスベンツのデザイン部門でデザイナーとして10年間の契約を結ぶ。戦禍の名残が色濃く残るドイツに於いて、メルセデスベンツでは朝8時に始業して昼に1時間半の休みを挟んで19時まで勤務、社をあげて荒廃からの立ち直りを懸命に目指していた。そんな時勢であってもネオン管トンネル設備を持つメルセデスベンツは、ボディパネルに光を映し込んで、パネルの平滑性をチェックしていた。当時はハンドクラフトからプレス成型への過渡期で、ポール・ブラックはテクノロジーと美の融合を常に意識してデザインにあたっていたとされる。プレス成型という大量生産に向いた技術を使って、戦後のパリで見られたカロッツェリア特有の美意識や、高級感との融合を理想としていた。その二律背反する要素を昇華せしめたのは、ポール・ブラックのデッサンと造形によるその独自のモダンタッチによる表現だった。彼の代表作に挙げられる「W113型 SL」は、当初はクォーターウィンドウの無い「190SL」に似たスタイルだったという。そこからグラスエリアを広げルーフラインを直線的に彫琢を重ね、より機能性を意識し美しさを求めながら、プレス成型ゆえに可能となる綺麗な直線を活かしたカタチを導き出したとされている。ポール・ブラックは後にBMWに移籍し、最も美しいクーペ といわれた「E24型6シリーズ(635csiに代表される)」も手がけた人物で、BMW退職後にはプジョーに移籍し、インテリアデザインを担当している。「W113型 SL」は、中央が凹んだ独特なデザインのハードトップとなる「パゴダルーフ」を備える事も特徴で、その語源はミャンマーの仏塔(ストゥーパ)を指す「パゴダ」から来ている。アジア全域で見られる建築用語で「大きな庇の両端に行くに従い反り返った形状の屋根」を表す言葉となっている。「パゴダルーフ」は衝撃吸収ボディ構造の開発をしていたベラ・バレニーにより生み出されたもので、約1000kgの荷重に耐える様に設計されている。大きなウィンドウ・エリアは、良好な視界を確保しながら、高い強度をもつ事で高い安全性を確立している。バレニーはメルセデスベンツ在籍中に2500件にものぼる特許を取得し、メルセデスベンツの安全に対する屋台骨を構築しながら、衝突安全対策に大きく寄与した人物で「W113型 SL」は、衝突安全ボディを最初に導入したスポーツモデルでもあった。セミモノコック構造のボディは、オープン化に伴い入念に補強されながらも「SL」の車名に相応しくドア、ボンネット、トランクリッドはアルミ製で、軽量化に配慮された高剛性ボディとなっている。また「W113型 SL」の開発にはレーシングモデルの「300SLR」や「300SL」を手がけたグランプリカーのエンジニアである技術開発重役のルドルフ・ウーレンハウトが関わっている。ウーレンハウトは、当時ミシュランが先陣をきっていたラジアルタイヤ「ミシュランX」が、200km/h付近で欠点を見せる事からコンチネンタルタイヤとファイアストーンに対し高性能タイヤ開発を依頼する。結果的に要件を満たすタイヤが開発されたことで「W113型 SL」は、メルセデス市販モデルとして初めてラジアルタイヤが標準装備されたモデルとなった。「W113型 SL」は高性能ラジアルタイヤと、フェンダーアーチいっぱいまで張り出した広いトレッドにより、高水準なシャーシ性能に仕上がり、1963年〜65年のインターナショナル・ラリーチャンピオンシップで活躍し数多くの成績を残すとともに、その侮れないハイパフォーマンスを実証することになった。「W113型 SL」は発表当初、それまでの「SL」から大きく印象が異なる事で、ジャーナリスト達から「スポーツカーでは無い」とか「Sport(スポーツ)-Leicht(軽量)=SL」という車名は偽りだと批判されることもあったが、ステアリングを握る機会を与えると批判は徐々に聞かれなくなり、ウーレンハウトの開発アプローチは支持されるようになった。1963年に発表された「W113型230SL」は、1967年に7つのメインベアリングをもつ新設計エンジンを搭載する「250SL」に進化し、燃料タンクの拡大、4輪ディスクブレーキ化が施される。約200ccのエンジン拡大による数値上の性能アップではなく、低速トルクのアドバンテージを活かした市街地走行での軽快さは高いドライバビリティにつながり、北米市場から更に強い支持を得る。「250SL」は、1年たらずで「280SL」に進化し「W113型 SL」の後期を受け持ちシリーズ中最も販売台数を伸ばす事に成功する。 今回入荷した「W113型 280SL」が、搭載するエンジンは、M130型と呼ばれる水冷直列6気筒SOHC12バルブとなり、ボア×ストローク86.5mm×78.8mmを持ち2778ccの排気量を得る。インテーク・バルブは硬化処理が施され、エキゾースト・バルブにはナトリウムが封入されることで放熱性が高められている。このエンジンでは、マーレ社製の頭部がフラット形状となるアルミ・ピストンと、スチール製鍛造コンロッド、7ベアリングによる完全にバランス取りされたスチール製鍛造クランクシャフトが採用されている。9.5の圧縮比から最高出力170馬力/5750rpmと24.5kgm/4250rpmのトルクを発揮し、ボッシュ製機械式燃料噴射装置を備え、生産モデルとして初めて燃料噴射装置を装備した「W198型300SL/ロードスター」の流れを汲んだ、6気筒ならではの滑らかな回転感をもつエンジンとなる。比較的高い回転数で最大トルクを発揮するエンジンにも関わらず、低回転域でのトルクも豊かで、青信号でスロットル・ペダルを全開にすれば、ATモデルでも一瞬ホイールスピンを起こすほどのパワーを発揮する。それまでオプション扱いだったオイル・クーラーはエンジン・ブロック左側に置かれたが「280SL」からは標準装備とされ、ラジエーター左側にレイアウトされている。「W113型 230SL」登場時には4速MTか5速MTの設定であったが「250SL」に進化した際、4速ATも選択可能となった。多くの欧州メーカーがZFやボルグワーナーなど、専門メーカーのATに頼っていたのに対し、メルセデスベンツは、あくまでも自社製にこだわっていた。当時としては、4速ATであることだけでも珍しい上に、トルコンの代わりに構造的に単純となるフルードカップリングを採用し、可能な限りシフトチェンジ時のスリップを抑える仕組みが採用され、シフトショックは出るがダイレクトな加速感は、マニュアルトランスミッションに劣らない。しかも近年のシングルクラッチ式2ペダルM/Tの様に、変速時に僅かにスロットルペダルを緩める事により、シフトショックを軽減することも可能となる。また、現在のメルセデスベンツ各車につながる、クランク状のシフトゲートをもつロック機構の備わらないATセレクターレバーは、多くのクルマとは逆向きに手前から前方に向かってP・R・N・4・3・2と配置されている為、慣れるまで慎重な扱いが求められるものとなっている。「W113型 SL」はシリーズを通して77%が4ATモデルといわれ「280SL」では4.08まで低められたファイナルと組み合わされる事で「SL」の名に相応しいレスポンスと軽快な加速性能をセールスポイントとしている。 足回りは、フロント・ダブルウィッシュボーン式+コイル+スタビライザー、リア・スウィングアクスル(コンペンセーター・スプリング付きローピボット・シングルジョイント)式+コイルによる4輪独立懸架となる。ショック・アブソーバーは油圧式のビルシュタイン製が採用されている。コンペンセーター・スプリングは、それまでのコイルスプリングから「280SL」ではオイルと窒素ガスを封入した筒状ユニットとされた。ブレーキはフロントに273mm径、リアに279mm径となり、それぞれ10mmの厚みをもつ4輪ディスクブレーキを備え、ATE製の対向ピストンを備えたキャリパーが組み合わされている。近代的な足回りと後継車となる「R107型SL」と比べても、より幅広いトレッドをもつのが特徴で、ホイールリムとボディと同色に塗られたセンターキャップ部分が一体式となる美しいホイールキャップが装備されるホイール・サイズは6J×14インチとなる。組み合わされるタイヤは185HR14サイズが標準とされるが、今回入荷した車両には205/70R14サイズのタイヤが装備されている。︎それ迄生産されてきた「SL」とは異なる印象のエクステリアをもつ「W113型 SL」となるが、インテリアに目を移すとそのインパネデザインには初代の「300SLロードスター」の面影を見ることが出来る。クロームメッキを随所にあしらったインテリアは、50年代テイストでまとめられ、メーターリングや、空調まわり、ホーンリング、シフトまわりのクローム装飾はボディカラーを用いたインパネにとても良いアクセントを与えている。ダッシュボード前方や、センターコンソールにあしらわれたウッド素材は、機能的なインテリアにGT的な落ち着きを与えている。パワーアシストの付いた、握りの細目な大径ステアリングの奥には、VDO製の6500rpmからレットゾーンをもつ7000rpmまで刻まれたレブカウンターを左側に、220km/h迄のスピードメーターが右側に配置される。その間に、燃料、油圧、水温の3種のメーターと各種インジケーターがレイアウトされる。「280SL」では、北米の安全基準に適合させる為に衝撃吸収型ステアリングコラムが採用されている。ロック機構を持たないATのセレクターレバーは、MTの様にシンプルな球形の手に馴染む大きさのノブが付く。シートは1965年後期モデルから、バックレストの容量を増やすとともに、深く腰掛けられる様になり快適性とホールド性が向上している。また1969年後期モデルからヘッドレストが装備されるようになった。スカットルやショルダーラインが低く、大きめなウィンドスクリーンと細いピラーにより、ハードトップ装着時でもガラスエリアの大きくとられたパゴダルーフの為、室内は明るく保たれ全方向の視界はすこぶる良好なものとなる。細かい孔のあいたビニール製の内装をもつ、スチール製のパゴダルーフは、4個のラッチによりボディに固定されるが、見た目より重量がある為に脱着には2人の人手が必要となる。ソフトトップは、スチール鍛造製の折りたたみ式骨組みに、起毛した布地の表皮を丈夫な布で裏打ちしたトップと、プラスチック製リアウィンドウを張った単純な構造をもつ。後ろヒンジで開くパゴダルーフ下にある収納パネルを開き、畳まれたソフトトップを引き出して、前部はウィンドウスクリーンフレーム上部に脱着式のハンドルで固定。後部はリアドアピラーのすぐ後ろに位置するラッチで固定する。ハードトップ、ソフトトップ、フルオープンの2トップ・3スタイルを楽しめる「SL」は、この「W113型」から始まり、以降「R107型」「R129型」と3世代にわたり引き継がれる。︎全長×全幅×全高は4285mm×1760mm×1305mm、ホイールベースは2400mm、トレッド前1486mm、後1487mm、車両重量1400kg。燃料タンク容量は82ℓで、最小回転半径は5.0m、新車時販売価格は480万円(1968年9月)となっている。「W113型 280SL」は、1967年11月〜1971年3月迄の間に23885台が生産され、シリーズの中で最も多く生産されたモデルとなるが、今回入荷した車両は、当時メルセデスベンツの輸入業務を担っていた、ヤナセのグループ会社となるウエスタン自動車が輸入したモデルで、貴重なディーラー車となっている。1952年から1986年迄、正規輸入されたメルセデスベンツは、全てこのウエスタン自動車がP.D.I.作業を担っていた。その施設や装備は、ダイムラーベンツ社の認めたものとなり、ドイツ本国と北米にも同種のセンターは存在するが、一度クルマを預けたら全てその工場内で作業が完了する“ワンストップ・ガレージ”は、このウエスタン自動車が世界で唯一のものと言われていた。︎ 公表性能値は最高速度195km/hとなり初期型の「230SL」の最高速度200km/h(0→100km/h加速は11秒)に比べあまり変わらないのは、低められたファイナルギアによるものとなる。1968年の「Road & Track」誌による実測テストでは、最高速度183km/h、0→60mph加速10.3秒(マニュアル操作では9.3秒)を記録している。︎ 「W113型 SL」は、ポール・ブラックによる直線を基調とした繊細なスタイリングをもち、それは時を経た現在に於いても少しも色褪せない美しさを見せる。また、今となっては街中での取り回しのしやすいサイズ感をもつボディには、2人のドライブには充分なキャビンスペースが確保されている。エンジンを始動し、ATセレクターの「4」のポジションをセレクトしてスタートすると、2速発進となるが低められたファイナルギアとシリーズ中、最も大きい排気量をもつエンジンを搭載しているので、加速感に不足は感じない。減速時にもシフトダウンをするATは変速もダイレクトに感じられ、MTのような痛快なドライビングが味わえる。表面の荒れた路面では、乗員にゴツゴツ感が伝わるが、オープンボディにもかかわらず、さすがメルセデスと言いたくなるボディ剛性により不快な振動はシャットアウトされている。タウンスピードでは硬めに感じられるサスペンションは、スピードの上昇とともにしなやかさを見せはじめ、本来存在すべき速度帯を教えてくれる。また4輪ディスクとされたブレーキは、高速域での制動性能に不安は無く、安心して踏み込む事が出来るのもメルセデスらしいところとなる。やはり、この時代にあってもメルセデスベンツ製である以上、アウトバーンで鍛えられた動力性能は、求める世界が決定的に異なることを再認識させられる。それでもスポーツモデルらしい速度を得る為には各ギア4000rpmあたりまで引っ張る必要がある。その領域でのエンジンサウンドは、ビジネスライクなものとなってしまうが、ドライバーの予想をはるかに上回るスポーティなドライブ感が得られる。パワーステアリングが強めにサポートするステアリングはクイックとはいえないまでも、とても正確でコンパクトなボディの向きを比較的素早く変えるものとなる。スウィングアクスル方式をリアサスに採用した4輪独立懸架をもつ足回りはしっかりとストロークしながら高いロードホールディング性能を発揮する。レースの世界でも名を馳せた、メルセデスベンツによるモダンな設計が、現在に於いても不満の無いパフォーマンスをもたらしてくれる。「W113型 SL」は、最も美しいメルセデスと言われるエクステリアデザインを持ちながら、しっかりとそのクオリティの高さが随所に垣間見えるモデルとなっている。「W113型 SL」の後継となる「R107型 SL」からはエミッションコントロールなどの影響を大きく反映し、V8エンジン搭載となることでスポーツモデルというよりGT色の強い味付けにシフトしていく。それに比べれば「W113型 SL」は、あの初代「W198型300SL/ロードスター」の流れを汲む血統を何処かで感じさせる「Sport Leicht」を名乗れる1台となっている。









